保育士 過去問
令和7年(2025年)後期
問24 (教育原理 問4)

このページは閲覧用ページです。
履歴を残すには、 「新しく出題する(ここをクリック)」 をご利用ください。

問題

保育士試験 令和7年(2025年)後期 問24(教育原理 問4) (訂正依頼・報告はこちら)

次のうち、足利学校についての説明として、適切な記述を2つ選びなさい。
  • 室町時代に、上杉憲実によって再興されたとされる。
  • 江戸時代に、緒方洪庵が設立した学校である。
  • 貧困庶民の教化のために開かれた学校である。
  • 江戸幕府が官学とした朱子学の中心的な学校である。
  • 全国から学徒が参集し、戦国時代に最盛期を迎えた学校である。

次の問題へ

正解!素晴らしいです

残念...

この過去問の解説 (2件)

01

足利学校は日本の教育史において非常に重要な役割を果たした学校です。ここではその特徴について理解していきましょう。

選択肢1. 室町時代に、上杉憲実によって再興されたとされる。

 

足利学校は、室町時代に、上杉憲実によって再興されたとされています。元々は鎌倉時代に設立されていた学校であり、上杉憲実が再興したことによって、その名声が再び広まりました。

選択肢2. 江戸時代に、緒方洪庵が設立した学校である。

×

 

これは不正確です。緒方洪庵が設立したのは「適塾」ですが、足利学校とは直接的な関連はありません。

選択肢3. 貧困庶民の教化のために開かれた学校である。

×

 

足利学校は、庶民だけでなく、全国の学問を志す者が集まる場所でしたが、特に貧困庶民を対象とした学校ではなく、武士や上級層の子弟が多く学んでいました。

選択肢4. 江戸幕府が官学とした朱子学の中心的な学校である。

×

 

足利学校は、江戸時代には直接的に江戸幕府の官学とはなりませんでした。朱子学を中心とした学問が行われていましたが、江戸時代の官学は主に「昌平坂学問所」などでした。

選択肢5. 全国から学徒が参集し、戦国時代に最盛期を迎えた学校である。

 

足利学校は戦国時代に最盛期を迎え、全国各地から多くの学徒が集まったことが記録に残っています。特に学問や教育が盛んに行われ、学問の中心地となった時期です。

まとめ

足利学校は、戦国時代に最盛期を迎え、また上杉憲実による再興があったことが特徴です。

参考になった数44

02

足利学校とは、栃木県足利市にある「日本最古の学校」です。室町時代に上杉憲実が再興し、儒学や易学などを多くの生徒が学びました。最盛期には「坂東(関東地方)の大学」とも言われました。明治時代に廃校となり、現在は史跡となっています。

選択肢1. 室町時代に、上杉憲実によって再興されたとされる。

正解です。

選択肢2. 江戸時代に、緒方洪庵が設立した学校である。

緒方洪庵が設立したのは「適塾」です。

緒方洪庵は江戸時代の医師であり、大坂(現在の大阪)で蘭学を教える適塾をつくりました。

適塾では医学や西洋自然科学を学ぶことができ、福沢諭吉も生徒の一人です。

 

選択肢3. 貧困庶民の教化のために開かれた学校である。

貧困庶民のために開かれた学校には江戸時代の「寺子屋」があります。

「読み・書き・算盤(そろばん)」を庶民に教えました。

選択肢4. 江戸幕府が官学とした朱子学の中心的な学校である。

江戸時代の朱子学の中心的学校は「昌平坂学問所」です。

幕府は朱子学以外の講義を禁止し、官学(朱子学)を推し進めました。

選択肢5. 全国から学徒が参集し、戦国時代に最盛期を迎えた学校である。

正解です。

まとめ

代表的な日本の歴史的学校は、キーワードと結び付けて覚えるようにしてください。

参考になった数21