保育士 過去問
令和7年(2025年)後期
問43 (子ども家庭福祉 問3)
問題文
次の文は、子ども家庭福祉に尽力した人物の説明である。正しいものを1つ選びなさい。
肢体不自由児療育の発展に尽力した医師、1942(昭和17)年に肢体不自由児のための施設「整肢療護園」を開設した。
肢体不自由児療育の発展に尽力した医師、1942(昭和17)年に肢体不自由児のための施設「整肢療護園」を開設した。
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問題
保育士試験 令和7年(2025年)後期 問43(子ども家庭福祉 問3) (訂正依頼・報告はこちら)
次の文は、子ども家庭福祉に尽力した人物の説明である。正しいものを1つ選びなさい。
肢体不自由児療育の発展に尽力した医師、1942(昭和17)年に肢体不自由児のための施設「整肢療護園」を開設した。
肢体不自由児療育の発展に尽力した医師、1942(昭和17)年に肢体不自由児のための施設「整肢療護園」を開設した。
- 高木 憲次
- 森島 峰
- 岩永 マキ
- 高瀬 真卿
- 池上 雪枝
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この過去問の解説 (3件)
01
子どもの支援を行った歴史上の人物についての問題です。
「肢体不自由児療育」に尽力した有名な人物です。
正解です。
高木憲次は整形外科医で、「肢体不自由児療育の父」として知られています。
誤りです。
森島峰は、野口幽香とともに二葉幼稚園を設立しました。貧しい子どもたちに教育の場を提供しました。
誤りです。
岩永マキは、長崎市にある児童養護施設「浦上養育院」を設立しました。多くの孤児を救済したことで知られています。
誤りです。
高瀬真卿は、保護者がいない少年や、非行少年を保護した人物です。「私立予備感化院」を設立し、感化教育を行いました。
誤りです。
池上雪枝は、日本で最初の感化院(児童自立支援施設)を作った人物です。非行少年や浮浪児を保護して教育を行いました。
どの選択肢も現在存在する社会的福祉サービスの基礎を築いた、代表的な人物です。
人物とキーワードを一緒に覚えておくようにしてください。
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02
子ども家庭福祉の歴史では、障害児支援や療育の分野で先駆的な役割を果たした人物がいます。特に肢体不自由児療育の発展に貢献した医師と、その設立した施設を正しく結び付けて理解することが重要です。
肢体不自由児療育の発展に尽力した医師で、1942(昭和17)年に日本初の肢体不自由児施設である整肢療護園を開設しました。日本における肢体不自由児療育の基礎を築いた人物です。
児童福祉や教育に関わった人物ですが、整肢療護園の設立者ではありません。
児童福祉分野で活動した人物ですが、肢体不自由児療育の創設者ではありません。
児童保護に関わる活動を行いましたが、整肢療護園の設立とは関係がありません。
福祉活動に関与した人物ですが、肢体不自由児施設の設立者ではありません。
肢体不自由児療育の発展に尽力し、1942年に整肢療護園を開設したのは高木憲次です。人物名とその業績・設立施設を結び付けて覚えることが、子ども家庭福祉史の重要なポイントです。
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03
日本の障害児福祉の歴史において、「肢体不自由児の父」と称される高木憲次の業績を問う問題です。
高木憲次は、整形外科医として日本で初めて「肢体不自由児」という概念と言葉を提唱し、医療と教育を組み合わせた「療育」の思想を確立しました。
1942(昭和17)年には日本初の肢体不自由児施設である「整肢療護園」を開設するなど、肢体不自由児福祉の発展に大きく貢献しました。
現在の東京都板橋区にある「心身障害児総合医療療育センター」は、整肢療護園の歴史を受け継ぎ、医療(治療)と教育・保育を一体化して育てる「療育」の概念を実践するために作られた、全国のお手本のような場所です。
森島峰は、1900(明治33)年に野口幽香とともに、東京・麹町に貧しい家庭の子どもたちを対象とした日本初の貧民幼稚園「二葉幼稚園」(後の二葉保育園)を創設した人物です。
当時、幼稚園は裕福な家庭(上流階級)の子どものためのものでした。
貧しい家庭の幼児を保護・教育し、親が安心して働けるようにするために作られた日本初の民間の貧民幼稚園(慈善幼稚園)です。
岩永マキは、1899(明治32)年に長崎県でハンセン病患者やその子ども、孤児らを救済するために「浦上養育院」を創設したキリスト教(カトリック)の社会事業家です。
高瀬真卿は、当時、身寄りのない子どもや貧しい人たちを保護していた日本最大級の救済施設「東京市養育院」で、運営の中心として活躍しました。
施設の中で子どもたちに勉強や仕事の技術を教え、ただ預かるだけでなく「社会で立派に暮らしていける力」をつけさせようとしました。
非行少年の立ち直りを支える「感化教育」の必要性を強く訴え、日本全国にその大切さを広める活動を行いました。
池上雪枝は、1883(明治16)年に大阪で非行少年や不良少年の立ち直りを支援するため、日本初の感化事業(私立感化救済所)を始めた人物です。
感化:人の心や行いを正しい方向へ導くこと
感化事業=非行少年の立ち直り=現在の児童自立支援施設です。
肢体不自由児・療育・整肢療護園=高木憲次
知的障害児・滝乃川学園=石井亮一
この二つは特に覚えましょう。
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