保育士 過去問
令和8年(2026年)前期
問24 (教育原理 問4)
問題文
次の【Ⅰ群】の文と、【Ⅱ群】の人名を結びつけた場合の正しい組み合わせを1つ選びなさい。
【Ⅰ群】
A 教職に就きつつ文学作品を発表した。さらに童話の世界へ活躍を広げ、『赤い鳥』を創刊した。『赤い鳥』は、文壇作家が執筆した童話や童謡なども掲載し話題を集めた。
B 小説家であったが、やがて童話に専念していく。『赤い船』を出版した。その後『赤い蠟燭と人魚』などの作品を次々に発表した。童話を文学に高めた先駆者として大きな役割を果たした。
【Ⅱ群】
ア 鈴木三重吉
イ 巖谷小波
ウ 坪内逍遥
エ 小川未明
【Ⅰ群】
A 教職に就きつつ文学作品を発表した。さらに童話の世界へ活躍を広げ、『赤い鳥』を創刊した。『赤い鳥』は、文壇作家が執筆した童話や童謡なども掲載し話題を集めた。
B 小説家であったが、やがて童話に専念していく。『赤い船』を出版した。その後『赤い蠟燭と人魚』などの作品を次々に発表した。童話を文学に高めた先駆者として大きな役割を果たした。
【Ⅱ群】
ア 鈴木三重吉
イ 巖谷小波
ウ 坪内逍遥
エ 小川未明
このページは閲覧用ページです。
履歴を残すには、 「新しく出題する(ここをクリック)」 をご利用ください。
問題
反映中…
保育士試験 令和8年(2026年)前期 問24(教育原理 問4) (訂正依頼・報告はこちら)
次の【Ⅰ群】の文と、【Ⅱ群】の人名を結びつけた場合の正しい組み合わせを1つ選びなさい。
【Ⅰ群】
A 教職に就きつつ文学作品を発表した。さらに童話の世界へ活躍を広げ、『赤い鳥』を創刊した。『赤い鳥』は、文壇作家が執筆した童話や童謡なども掲載し話題を集めた。
B 小説家であったが、やがて童話に専念していく。『赤い船』を出版した。その後『赤い蠟燭と人魚』などの作品を次々に発表した。童話を文学に高めた先駆者として大きな役割を果たした。
【Ⅱ群】
ア 鈴木三重吉
イ 巖谷小波
ウ 坪内逍遥
エ 小川未明
【Ⅰ群】
A 教職に就きつつ文学作品を発表した。さらに童話の世界へ活躍を広げ、『赤い鳥』を創刊した。『赤い鳥』は、文壇作家が執筆した童話や童謡なども掲載し話題を集めた。
B 小説家であったが、やがて童話に専念していく。『赤い船』を出版した。その後『赤い蠟燭と人魚』などの作品を次々に発表した。童話を文学に高めた先駆者として大きな役割を果たした。
【Ⅱ群】
ア 鈴木三重吉
イ 巖谷小波
ウ 坪内逍遥
エ 小川未明
- A:ア B:イ
- A:ア B:エ
- A:イ B:ウ
- A:イ B:エ
- A:ウ B:エ
正解!素晴らしいです
残念...
画像拡大
この過去問の解説 (1件)
01
大正期の児童文学運動・児童文化史を代表する重要人物を見極める問題です。
どちらも「赤い〜」が関わるため試験で非常によく狙われますが、
「雑誌を創刊して運動を起こした仕掛け人(鈴木三重吉)」と
「作品を執筆した作家(小川未明)」
という立ち位置の違いを整理しておくことで確実に正解できます。
A 教職に就きつつ文学作品を発表した。さらに童話の世界へ活躍を広げ、『赤い鳥』を創刊した。『赤い鳥』は、文壇作家が執筆した童話や童謡なども掲載し話題を集めた。(鈴木三重吉)
1918年に児童雑誌『赤い鳥』を創刊し、
子どものための芸術的な童話・童謡を生み出す「赤い鳥運動」を主導しました。
当時流行していたお説教のような本に対し、
「子どもに媚びない純粋な芸術文学を届けたい」と考え、
芥川龍之介、有島武郎などといった文豪たちを巻き込んで質の高い作品を世に送り出しました。
B 小説家であったが、やがて童話に専念していく。『赤い船』を出版した。その後『赤い蠟燭と人魚』などの作品を次々に発表した。童話を文学に高めた先駆者として大きな役割を果たした。(小川未明)
「日本のアンデルセン」とも称される近代児童文学の父です。
もともと小説を執筆していましたが、
童話集『赤い船』の出版を機に童話の世界へ足を踏み入れました。
代表作『赤い蝋燭と人魚』をはじめとする深いメッセージ性を持つ作品を発表し、
童話を芸術へと高めました。
「赤い鳥」と「赤い船」「赤い蝋燭と人魚」は、試験本番の緊張感の中でうっかり取り違えやすい代表格のトラップです。
「雑誌を作ったのが鈴木三重吉」
「物語を書いたのが小川未明」と人物の役割で覚えておくと、
頭の中で混ざらずに自信をもてますよ!
『赤い鳥』創刊
「赤い鳥運動」
『赤い船』
『赤い蝋燭と人魚』
「日本のアンデルセン」
『こがね丸』
雑誌『少年世界』主筆
『小説神髄』
『当世書生気質』
児童劇の振興
参考になった数38
この解説の修正を提案する
前の問題(問23)へ
令和8年(2026年)前期 問題一覧
次の問題(問25)へ